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言葉について思うこと

メールやLINEの普及で、一度もお話しをしたことが無く文字だけのやりとりでしかお話しというのか会話をしたことがない人がいることが当たり前になって、もう何年くらいたつのでしょうか?   行き会うことも無く、電話で話すこともなく、メールやチャットやLINEなど文字だけでのお付き合い。   数年前には、考えもしなかったコミュニケーション形態です。   感情の見えない、機械的な文字だけでのやりとりでとても怖いのですがこの形を望まれているの応じてはおりますが、やはり人間は口から出る言葉で会話をしたり、手話や筆談など合って会話をするのが基本だと思っているアナログ的な私には、ある種の苦痛が伴う文字だけでのやりとりは本当にいつも不思議です。   近ごろの乱れた言葉使いや、よくわからない日本語の使い方が当たり前になってよく言われる「やばい」などのように、本当も意味を前後の会話ややりとりで感じて判断をしないと、よく意味がわからない時もあります。   空気が読めないなんて言葉は昔は無かったと思う言葉で、相手を思いその場の状況を感じて会話をするなんて当たり前の事で、空気を読むなんて言葉はどうなんでしょう? だんだんと、会話の形を考えたり言葉の意味を考えるようになるなってやはり歳を重ねたと言うことなのでしょうか。    

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